自分軸で生きるって本当に幸せなことなのかな?

だいぶ前に、ストア哲学の考え方をご紹介しながら、相対観と絶対観について考えを書いたかと思います。

それはたとえば、

他人からの毀誉褒貶(きよほうへん)・評価によって自分の価値がきまるのではなく、自分が「何を考えたか、思ったか」がイコールあなたという人の価値なのだ、という考え方です。

他人からの毀誉褒貶・評価に、自分の価値をおいてしまうのが”相対観”。

そうではなく、自分が何を思ったか・考えたか、がその人の価値を決めるというのが絶対観。

*ただし、「絶対観・相対観」という用語は、ストア哲学で使われているわけではありません。

このストア哲学の話を最近、ある友人と話していた時に、

「自分軸と他人軸の話だったね」と言われて、「そうそう!」と反応したんですが、

そのあと、あれ?そうだったかな?と考え直してみたわけです。

つまり、

 絶対観=自分軸
 相対観=他人軸

という図式であり、一見これで良さそうに見えます。

でも、よくよく考えてみると、絶対観と自分軸はぜんぜん別物だな、と気付いたんです

というのも。

上の例で言えば、「自分が思ったこと・考えたことがあなたの価値である」という場合、

どういった価値が良いもので、どういった価値が悪いものか、という、価値判断の基準が必要になりますよね。

ストア哲学では、これをプラトン主義など、

つまり、神々のロゴス(理念)や、その出先機関である自分内部の理性に求めているんですね。

理性は、個々の人間が内部に有しているところの、神々の出先機関(分有(ぶんゆう)という言い方をする)という定義です。

つまり、そもそも論としての評価の根拠が”自分”ではなく、”神”や”理性”においている

西洋哲学で理性という場合、僕らが一般に使う理性とは違った意味で、むしろ”良心”という意味に近いですかね。

ところが、自分軸という場合、価値判断の根拠はどこにあるのか?

この”自分軸”という言葉は、Facebookの投稿でずいぶん使われているようなので、それらを読んだ上での感想なのですが、

  1.  自分が心地よい、美しいと思えるもの
  2. 自分らしさ、自分の価値観

という意味で使われているように思えます。

では、とりあえず、

  1.自分が心地よい
について点検しますと、

たとえば、人によっては、「人を害することが心地よい」という人もいるわけです。

人間はそれぞれ、自由意志を持っていますので、ここで、「人を害することが心地よい」という自分軸でいくと、

他人との摩擦が生じて、結局は、幸せな方向にはいかなくなりますね。

まあ、「人を害する」という例が極端であるとしても、

「自分によって心地いい」ということが、他人の「心地いい」と摩擦・衝突がおきるわけです。

あと、

「自分が心地いい」という場合、

本当は、きちんと向き合った方が良い問題に対して、向き合うのがこわい、自分の自我がおびやかされる気がする、

ということで、「これは心地よくないことだから」っていういわゆる、”逃げ”、”逃避”につながっていくんじゃないか、って論点もあると思いますね。

そうすると、本来は、幸福論や自己実現論として出発したはずの「自分軸」理論が、正反対の結果になってしまうケースが出てくることになるわけです。

結局、『良い」「心地よい」っていう一見、誰でも感覚的に、即断できそうなことであっても、話はそんなカンタンではないな、と僕は思います。

信仰者であれば、「良い」の基準を神や仏の基準に合わせますよね。儒者であれば、論語に合わせるでしょう。キリスト教徒であれば、聖書ですね。

これは、一言で言えば、「神中心の世界観」です。

ところが、自分軸の発想の大元(おおもと)にあるのは、結局、「人間中心の世界観」でしょう。

世界史で、「頭がいい」ということで思い浮かぶ人物として、哲学者カントをあげる人も多いかと思いますが。

そのカントをして、「神のことは結局、証明できない」が、「実践的な理性が神を要請するのだ」ということを語っています。

これは、一言で言うと「信仰論」ですね。

カントにして、道徳律の根拠を信仰に求めたのですから、いわんや、僕ら凡夫に、「良い」ということの内容・根拠が判断できのかどうか?

僕個人の感想を述べますと。

結局、今の時代、人間が偉くなりすぎていると思うんです。人間が神に成り代わって、さらに”自分軸”理論では、自分が神になったかのような

僕は、正直、こういう発想に食傷気味です。

なぜ、こんなにも”自分”を偉くすることができるのか。

そういった発想よりも、

神々の仏の前でいかに小さな自分であるか、という、一見古臭い、”謙虚さ・従順”ということにむしろ新鮮な美しさを感じるこの頃です。

無料Eブック特典【潜在意識(守護霊)と交流して、 インスピレーションを受ける方法】

私たちは地上に肉体を持って生きている部分だけではなく、潜在意識に自らのグループソウルのメンバーがいます。 それを古来より、”守護霊”と呼んでいます。

この無料プレゼントを読むことによって、潜在意識にアクセスして、守護霊からのインスピレーションを受け取る方法を知ることができます。完全無料ですので、ぜひこの機会に手に入れてくださいね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください