三法印瞑想でこころの安らぎを得る(諸行無常編)

諸行無常

三法印瞑想とは

三法印(さんぽういん)は文字通り、「3つの法の印」ということで、「仏教の特徴はこの3つ教えに集約されますよ」、ということです。逆に言えば、三法印が説かれるところに仏法あり、とも言えるわけですね。

ちなみに、三法印は、超訳ざっくりに言うと、

  • 諸行無常(しょぎょうむじょう)・・・一切の事物は変転・変化していくものである
  • 諸法無我(しょほうむが)・・・この世で実体なるもの(それ自体で存在できるもの)は何ひとつなく、仮の存在である
  • 涅槃寂静(ねじゃんじゃくじょう)・・・肉体我を滅し、霊的我が今ココにいる。その我(われ)なるものは、神仏の一部であるということを認識した安らぎの境地

ということになります。

ところで、じつは「三法印瞑想」なるものは、どこの本を探しても載っていないと思います。これは高田のオリジナルです。

が、テーマそのものが仏法の根幹ですし、それを腑に落としていくということで、けっこうな王道瞑想かな、と自負しています。笑 

実際は、この三法印瞑想も何段かに分けているのですが、まず初回は、「肉体我(にくたいわれ)を去り、霊的我(れいてきわれ)を実感することによって、大きな安らぎを得る」という段階に焦点を絞ってみますね。

どちらかというと、「やや他力寄りの瞑想」ということになります。

諸行無常の瞑想

諸行無常(しょぎょうむじょう)とは、もろもろの(一切の)事象は変転・変化していくという思想です。これも哲学的に詰めていけば相当に高度なものになりますが、今回の瞑想ではもっと初歩的なものです。

とはいえ、レベルが低いかというとそういうわけでもなく、一生を通じて使える瞑想法になっています。

関係ないですが、最近、「インドの本場で正式な師について仏法と瞑想を学んだ」との物言いで、本を書いたり、けっこう有名になっている方もいらっしゃいます。

が、ハッキリ言って、ものすごくレベルが低いです(低いならまだしも、、なんですけどね)。仏教の僧侶というよりも、仏教の衣をまとった仙人さんの教えですね(けっこうこのパターン多いんです)。

そもそも、7世紀の密教登場のあたりがインド仏教の最後の輝きで、13世紀にはイスラム教徒の乱入で、最後の仏教寺院が破壊され、僧侶は皆殺し→インド仏教の滅亡という順になっています。

なので、釈尊の生誕がインドではある(現在のネパールの地域)のですが、だからと言って、未来永劫、仏教の本場がインドであるとは言えないんですね。はっきり言って13世紀で終わっています。

7世紀の密教の段階でも、仏教というよりは、ヒンズー教がかなり取り込まれていて、かなり変質したものになっています(だからといって、密教のレベルが低いということが言いたいわけではなく、それどころか、たとえば空海の真言密教は日本の仏教史でも最高峰だろうと個人的には思っています)。

さて、瞑想の順序としては、無料Eブックに書いてある数息観で、心をこの世的な波動から遊離させます。
*参考記事「悩みとの戦い方指南」でも分かります。

数息観→諸行無常の瞑想、という手順ですね。
*数息観は慣れたら、ふつうの深呼吸でも構わないです。

そして、まずは「自分自身について、と、自分と周囲との関わり合い」の範囲内でけっこうですので、いっさいの出来事が過ぎ去っていくことをイメージし、かつ確認します

これはもうホントに、あなたオリジナルのイメージングで良いんです。というか、「自分自身と、周囲とのかかわり合い」というのは、あなたのオリジナルの人生だからです。

ここで下手に最初から仏教哲学的にイメージしようとすると、かえって「諸行無常」が実感できなくなってしまいます。

自分自身についてはたとえば、こんな感じです(瞑想時に、思いつく限り、どんどん増やしていってください)。

  • 赤ちゃんの頃…幼児の頃…子供のころ…少年(少女)であった頃…現在…今後…と、見た目がどんどん変わっていきます。それをくっきりとイメージする。
  • 見た目だけじゃなく、考え方も変わってきています。今後も変わるでしょう。
  • 学校や仕事の内容も変わってきています。今後も変わるでしょう。
  • いまこの瞬間にも、体内の細胞は入れ替わっている。数年後はまるっきり入れ替わっているだろう。
  • →細胞がすべて入れ替わっているのに、”自分”という自己同一性があるということは、これは何なのだろうか?

周囲との関わりについては(これもいわば”自分自身”なのですが)、こんな感じです。

  • 子供のころ、仲良かった人とはいま、関わりがあるだろうか?あるとしても、関わり方が変わってないだろうか(相手はもう結婚して子どもがいるとか、性格が穏やかになったとか)
  • 自分が関わって、「すごいな、成功してるな」という人が、そうでもなくなっていたり、逆に、「たいしたことないかな」と思っていた人が立派になっているとか
  • 友だちであった人が離れていったり、逆に、新しく友だちになった人を思ってみる
  • かつての恋人のことを考えてみる。あのときの関わりと、「今はどうしてるのかな?」、あるいは、「あの時は素敵だと思ったけど、今はそうは思えない」「あの時はどうしてもお付き合いしたかったけど、今から考えてみると、お付き合いが続かなくて良かった」とか。

こんな感じで、瞑想と言ってもいつも同じことをイメージしたり、考えたりする必要はなく、その時その時で思い出した出来事を振り返ってみます。

項目別でやり難いようであれば、生まれてからこの方をずっと映像で追っていくだけでもいいです。客観的に、映画を見ているように、観てください

そうすると、自分自身も、自分と関わりがあった人も、その関係性もけっこう変わっていることに気づきますね。

…ということは、今あなたが正面から取っ組み合っている問題も、いずれは去っていくということです。

  • 100年前は自分はこの世に存在すらしていなかった、100年後はこの世にいるだろうか?
  • 自分の家族の100年前、100年後は?自分の子どもは100年後はどうなっているか?
  • 周囲の町並みはどう変わっている?今日も工事中・建設中をみなかったか?
  • 自分の悩みは100年後に存在しているのだろうか?

諸行無常瞑想の補助線(川の瞑想)

あなたの細胞も時々刻々と入れ替わっています。変転変化の渦中にあります。いわば、あなたは「川」です

自分が川であることを想像してください。

あるいは、自分が川の中(水中)を漂っているところを想像してください(あるいは、川魚と一緒に泳いでいるところでも良いです)。

次に、自分が川そのものと一体化していくのを想像して、感じてみてください。春の小川のようなイメージのほうがいいと思います(笑)あなたが川の中にいるのではなく、あなたが川そのものであるというイメージです。

「川の瞑想」はいちばん簡単で、かつ、心地よい瞑想なのでオススメです!

このようにして、諸行無常=万物は変転・変化のなかにある、ということをイメージでもって腑に落としていきます

そして、

ああ、、肉体や物質に関わるものは全て変化していくのだ。この世の人間関係も仕事も、悩みも、変化していく。自分をいま苦しませているような問題も変化していずれ消えていくだろう。そして、変転・変化していくものは、実体ではない。本当の存在ではない。仮の存在なのだ

変転変化していくなかでも、『自分は自分』という自己同一性は変わらなかった。ひまわりの種がバラになるだろうか?

と考えてみます。

このようにしていくと、「肉体我」の意識から離れていくことを実感するでしょう。

この諸行無常の瞑想だけでも、だいぶ、この世的な執われ・苦しみから離れていくことができます。が、それは瞑想の「効能」ではなくて、「事実」に気づいたということ。あなたが真実の自分、世界観に目覚めつつあるということです。

続きの記事:「三法印瞑想でこころの安らぎを得る(諸法無我編)

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