生まれてくる意味と目的って何だろう? – ①「断常の中道」

断常の中道

 

実在世界の存在を前提にするか/しないか、で生き方がガラッと変わってしまう

今日は、またちょっと原点に帰って、「スピリチュアル的に、ここだけは押さえておいたほうが良い」というところを話してみますね。

「生まれてくる意味と目的」ということですが、現代では哲学も宗教もなかなかはっきりとした答えを示してくれません。

哲学はほとんど、論理ゲームのようになっていて、ソクラテス以来の本来の哲学の使命を忘れてしまっています。

どこを忘れているかと言うと、

簡単に言えば、いわゆる「あの世、死後の世界、守護霊、神々は存在する」という前提です。

悪魔のことを「デーモン」と言いますが、これは、ソクラテスが自分の守護霊のことを「ダイモニオン」と呼んでいたことに由来しています。語源的には、ですね。

ソクラテスは、「デルフォイの神託」で「ソクラテス以上の知者はなし」との宣託を受けてから、「それ、ほんとなの?」と、活動を開始していますので、当然、神々の存在も前提として、活動をしていたわけですね。

ただ、古い宗教や哲学で言うところの、「あの世」とか、「天国と地獄」とか、「霊」とか…、

現代人になかなか受け入れられないのは、単純に、「言葉のイメージが抹香臭い、古臭い」というのもありますね。

あとは、素朴な近代進歩史観で、「今の時代にそんなもの信じられるわけないだろう、昔の人が方便でそういうことを言っていのだ」とか、「神は人間の都合で作り上げたんだ」とか、

まあそういった考えがむしろ、常識になっているかもしれません。

ただ、霊的な世界を感知している立場から言うと、「いやいや、あるものはあるんだ」「言葉のイメージがどうであろうと、ほんとにあるんですよ」と言うしかないわけです。

そして、死後の世界が存在するかしないか、有限の生命か永遠の生命か、神々は存在するのかどうか、というところで、これを受け入れるか、受け入れないかで、人生観がガラッと変わってしまいますし、

実際に、「天国と地獄がある」ということだけでも、今の生き方を考え直さないとやばいですね。

人間の本質は、「アイデンティティのあるエネルギー存在」

さて、

じゃあ、実際には、魂とか霊とか、死後の世界とか、神とか仏とか…結局、今風に、分かりやすく説明するとどうなるの?ってところですが、、

結局、僕らの生命の本質というのは、「エネルギー体」なんです。

肉体ももちろん、エネルギーで出来ていますが、これはエネルギーの外郭(がいかく)部分で、

肉体がなくなっても(つまり、「死んでも」)、エネルギーは存続するんですよ。

それも、無個性なエネルギーではなく、あなたであればあなたというアイデンティティをきっちり保持したエネルギーとして存続していきます。

つまり、人間の(あるいは、生命あるもの全てに言えますが)本質は、「アイデンティティのあるエネルギー存在」なんです。

「断常(だんじょう)の中道 」- 仏教学から永遠の生命を検証してみる

話しは変わりますが、最近流行りの「マインドフルネス」とか、テーラワーダ仏教(南伝仏教、昔風に言えば、小乗仏教)の本を読んでいると、

「釈尊は、常見(じょうけん)を否定したので、魂はありません」とはっきり書いてある本が多いことに驚きます。

「常見」って何か?と言うとですね、、

ちょっとむずかしい言葉で、釈尊は「断常の中道(だんじょうのちゅうどう)」というのを説かれたわけですよ。

これは、

  • 断見…死ねばすべてなくなる(断たれる)という見解
  • 常見…死後も変わらず(常に)存在するという見解

この2つを共に否定して、中道の立場を取られたということですね。

ここからいくと、「常見を否定したのだから、個性ある魂は死後、存続しない」という論理が一見、成り立つように見えます。

ただ、そうすると、結局、唯物論になってしまって、これはこれで「断見に陥っているのでは?」と思ってしまいますね。

そして、この点に関しては、「魂はないけれども、業の潜性力(せんせいりょく)があって…それが輪廻して、むにゃむにゃ」と、よく分からないことを言い出す人もいます。

業の潜性力とか、いろいろな言い方をしても、要は、「なにか、今世で作り上げた心のクセのようなもの存続する」ということで。

これは言い方を変えただけで、

やっぱり、「一定のアイデンティティをもった生命エネルギーが存続する」ということには変わりはないわけです。

こういう難しいことを言うよりも、単純に「魂はある」と考えたほうがスッキリと筋が通るんです。

上の「断常の中道」で言えば、

  • 断見…死ねばすべて終わり(断たれる)というのは誤り

ということになりますし、

では、「常見に反するのでは?」という意見もあるかもしれませんが、

これはですね、

「まったく変化せずに、常なるものとして、存続する」というのが誤り、という意味で。

分かりやすく言うと、

昨日のあなたと今日のあなたは、続いていますか?断たれていますか?という例ですね。

これは、「あなたという一定のアイデンティティをもった存在が昨日も今日も続いている」という意味では正解です。

しかし…、肉体細胞も多少、入れ替わっていますし、髪も爪もちょっと伸びていると。

また、今日は新しい本を読んだり、新しいニュースに接したり、友人と会ったり…で、昨日にはなかった知識があったりするわけです。

場合によっては、一日で価値観も多少、変わってしまうこともあるわけですね。

そいうわけで、「断常の中道」ということでいば、

「変化はしている(=常ではない)が、あなたという一定のアイデンティティを持った存在が消えてしまうわけではない(=断ではない)」

ということになるわけです。

つまり、

「肉体がなくなっても(=死んでも)、あなたというアイデンティティを持ったエネルギーは存続する。つまり、いわゆる「魂」は存在する。しかし、生前とまったく同じ存在形態ではないし、住む世界も違うし、価値判断の変容を迫られることもある」

ということで、

きっちりと「断常の中道」を説明できるわけなんです。

まあ、生まれ変わってまた地上に降りてきたら、名前も肌の色も変わってしまいますからね。

長い転生輪廻の過程では、ずいぶんと価値観も変わってきますので、「あなたというアイデンティティ」というものも常に、変化の中にあるということになります。

さて、

では、「なんで、あの世とこの世を行ったり来たりする必要があるのか…?」「面倒くさいし、意味が分からん」という意見も出てきそうですね。

長くなりましたので、次回に続きます!

→「生まれてくる意味と目的って何だろう? – ②波動理論

 

 

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